ミッドライフクライシスを経験してから、
責任のある仕事が以前より重く感じるようになった。
どんな仕事にも、
大なり小なり責任は伴うので、
責任を負うこと自体は避けられない。
それは理解している。
でも以前と比べると、
新しい仕事を任された時や、
判断を求められた時に、
少し身構えてしまう自分がいる。
以前は違った。
責任を責任と感じていないこともあったし、
大きな仕事を任されるごとに、
やりがいや成長を感じていたこともある。
大変そうな仕事があれば引き受ける。
誰もやらないなら自分がやる。
そうやって働いてきた。
だから長い間、
責任感の強さは自分の長所だと思っていた。
ただ、
一度立ち止まる経験をしてから、
見方が変わった。
責任なんて負いたくない。
責任が怖い。
でも、
最近見方を変えた。
自分が怖いのは、
責任そのものではないのではないか。
責任を負った時の、
自分の反応なんじゃないか。
躓く前の自分は、
自分の限界についてなど、考えたことなど無かった。
キャパ以上のものを抱え込む。
納得できていないことも文句言わないでやる。
苦手なことも「役割」だと決めつけていた。
本来は相談すべきことも強引に一人で突っ走った。
すべて、
「自分がやるしかない」
で走り続けていた。
責任感がある人間とはそういうものだと思っていた。
でも実際には違った。
自分が一人で抱えられる量には限界があった。
どれだけ責任感を振りかざしても、
抱えられる量には限りがあった。
そして気づけば、
心も頭も余裕を失っていた。
だから今、
責任のある仕事を前にすると少し身構える。
無意識に、
また全部抱えようとしていないか。
また相談せずに進めようとしていないか。
そんな危険信号を発信しているんだと思う。
以前なら、
「やります」
と即答していたことも、
今は少し考えるようになった。
最初は、
そんな自分を、
弱くなったと思っていた。
でも最近は少し違う。
以前の働き方の危うさを知ったからこそ、
慎重になっているのだ。
責任を負わないのではない。
抱え込み方を変える。
全部を受け止めない。
相談する。
役割を分ける。
助けを求める。
若さによる力業だけじゃない。
年を重ねても戦い続けられる技術を、
身につけようとしている最中なのかもしれない。
今でも責任のある仕事は少し怖い。
でも、
責任が怖いのではなく、
昔と同じ働き方に戻ることを警戒している。
そう考えると、
少しだけ気持ちが楽になる。
最近はそんなことを考えている。
納得できていない仕事を抱え続けていたことについては、別の記事で書いている。
また、
100%納得できる答えを探すことをやめたら少し楽になった話は、別の記事で触れている。

