ミッドライフクライシスで責任が重く感じるのはなぜ?全部抱えていた頃の話

01_揺らぎ

ミッドライフクライシスを経験してから、
責任のある仕事が以前より重く感じるようになった。

どんな仕事にも、
大なり小なり責任は伴うので、
責任を負うこと自体は避けられない。

それは理解している。

でも以前と比べると、
新しい仕事を任された時や、
判断を求められた時に、
少し身構えてしまう自分がいる。

以前は違った。

責任を責任と感じていないこともあったし、
大きな仕事を任されるごとに、
やりがいや成長を感じていたこともある。

大変そうな仕事があれば引き受ける。
誰もやらないなら自分がやる。

そうやって働いてきた。

だから長い間、
責任感の強さは自分の長所だと思っていた。

ただ、
一度立ち止まる経験をしてから、
見方が変わった。

責任なんて負いたくない。
責任が怖い。

でも、
最近見方を変えた。

自分が怖いのは、
責任そのものではないのではないか。

責任を負った時の、
自分の反応なんじゃないか。

躓く前の自分は、
自分の限界についてなど、考えたことなど無かった。

キャパ以上のものを抱え込む。
納得できていないことも文句言わないでやる。
苦手なことも「役割」だと決めつけていた。
本来は相談すべきことも強引に一人で突っ走った。

すべて、
「自分がやるしかない」
で走り続けていた。

責任感がある人間とはそういうものだと思っていた。

でも実際には違った。

自分が一人で抱えられる量には限界があった。

どれだけ責任感を振りかざしても、
抱えられる量には限りがあった。

そして気づけば、
心も頭も余裕を失っていた。

だから今、
責任のある仕事を前にすると少し身構える。

無意識に、
また全部抱えようとしていないか。
また相談せずに進めようとしていないか。

そんな危険信号を発信しているんだと思う。

以前なら、

「やります」
と即答していたことも、
今は少し考えるようになった。

最初は、
そんな自分を、
弱くなったと思っていた。

でも最近は少し違う。

以前の働き方の危うさを知ったからこそ、
慎重になっているのだ。

責任を負わないのではない。
抱え込み方を変える。

全部を受け止めない。
相談する。
役割を分ける。
助けを求める。

若さによる力業だけじゃない。
年を重ねても戦い続けられる技術を、
身につけようとしている最中なのかもしれない。

今でも責任のある仕事は少し怖い。

でも、
責任が怖いのではなく、
昔と同じ働き方に戻ることを警戒している。

そう考えると、
少しだけ気持ちが楽になる。

最近はそんなことを考えている。


納得できていない仕事を抱え続けていたことについては、別の記事で書いている。

また、
100%納得できる答えを探すことをやめたら少し楽になった話は、別の記事で触れている。