スマホの写真フォルダを見返すと、
猫のものばかりだと気づく。
しかも、
ほとんど同じような写真だ。
寝ている。
ヘソ天している。
箱に隠れている。
またヘソ天している。
少し前の写真と比べても、
何が違うのかよくわからないものも多い。
猫の写真を撮る時は、
つい連写してしまう。
あとで見返して、
一番良いものだけ残そうと思うけど、
実際には、なかなか削除できないでいる。
少しずつ違う表情を見ていると、
全部残したくなるからだ。
動画も同じだ。
見返すと、
数分間ほとんど何も起きていないものもある。
猫が寝ているだけ。
窓の外を見ているだけ。
毛づくろいしているだけ。
撮った時は何か意味があったはずなのに、
後から見るとよくわからない。
それでも消せない。
毎日一緒に暮らしていて、
いつでも見られる。
それなのに、
なぜこんなに写真や動画を撮ってしまうのだろう。
少し考えてみた。
たぶん、
猫そのものを記録したいわけではない。
その時の時間を残したいのだと思う。
写真を見返していると、
この頃は新入りが来たばかりだったな、とか。
この時は旅行に行く前の準備の日だったな、とか。
そんなことを思い出す。
猫を見ているようで、
その頃の暮らしを思い出している。
だから削除できないのかもしれない。
他人から見たら、
全部同じ写真に見えると思う。
実際、
自分でも似たような写真ばかりだと思う。
でも、
猫とその周りの風景を見ると、少し違う。
その時の表情も。
季節も。
距離感も。
少しずつ変わっている。
だから撮ってしまう。
そして、
また写真フォルダが猫だらけになる。
たぶんこれからも増え続けるのだろう。
そう考えると、
容量不足で困っていることも、
少しだけ仕方ない気がしてくる。

