正解を探すことを諦めたら、少し楽になった

02_小さな回復

最近、
何かを決断するたびに疲れてしまう。

モヤモヤする。
イライラする。
考えても答えが出ない。

そして最後には、
「もうどうでもいいや」
と投げ出したくなる。

自分でも心配になるくらい、
決断にエネルギーを使ってしまうことがある。

先日、
お世話になっている方から相談をもらった。

困っているなら力になりたい。

でも正直、
手間もかかりそうだし、
あまり気は進まなかった。

受けたい気持ちもある。
受けたくない気持ちもある。

どちらも本音だった。

だから迷った。

こうしたらどうだろう。
いや、それだと中途半端か。
なら断るか。
でもそれも気が引ける。

そんなことを繰り返していた。

そして気づいた。

自分はいつも、
100%納得できる答えを探しているのではないか、と。

受けたい自分も満足する。
受けたくない自分も満足する。
誰も傷つかない。
後悔もしない。

そんな完璧な答えを探している。

でも、
そんなものは本当に存在するのだろうか。

ふと思い出したのは、
仕事でよく使う考え方だった。

10人いたら、
2人は賛成してくれる。
6人はどちらでもない。
2人は反対する。

何をしても、
全員に納得してもらうことはできない。

だから仕事では、
100点を目指さない。

それなのに私は、
自分の決断にだけは100点を求めていた。

これを自分自身に当てはめてみたら、
少し楽になった。

受けたい気持ちも本当。
受けたくない気持ちも本当。

だったら、
どちらかを完全に消そうとしなくていい。

役に立ちたい気持ちを優先するなら、
面倒だと思う気持ちは受け入れる。

逆に断るなら、
申し訳なさは多少残るかもしれない。

どちらを選んでも、
何かは残る。

それでいいのかもしれない。

以前の私は、
納得できない部分をゼロにしようとしていた。

でも最近は、
少し不満が残ってもいい。
少し迷いが残ってもいい。

そう思えるようになってきた。

今でも決断は苦手だ。
迷うことも多い。

それでも、
100%納得する答えを探し続けるより、
今の自分なりに選んでしまった方が、
ずっと楽なこともある。

最近はそんなことを思っている。